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バクテリオファージの工学的利用

  1. ファージの特徴と自然界における役割
  2. ファージセラピー
  3. ファージ利用の新展開

1.ファージの特徴と自然界における役割

1-1 ファージ研究の背景

トゥウォート(Frederic Twort)は1915年,バクテリアを溶かしてしまうウイルス(バクテリオファージ)を偶然発見した。その後多くの科学者がファージを抗菌剤として 用いようと試みた。いわゆるファージセラピーの始まりである。しかしフレミング(Alexander Fleming)がペニシリンを発見(1929年)してから,その座は完全に抗生物質に 奪われてしまった。多剤耐性菌の出現に代表される抗生物質の問題点がクローズアップされた昨今,アメリカを中心とする研究者のグループにより,再び ファージにより病原菌をコントロールしようとする試みがなされている。

1-2 ファージの構造と感染過程

研究対象としてよく用いられるT4ファージの構造をFig.1-1に示す(Eiserling and Black, 1994)。大きさは宿主である大腸菌の1/10に相当し,約200 nmある。 月面着陸船のような本体はヘッド,テールおよびロングテールファイバーから構成される。ヘッドは正三角形のタンパク質シート20枚から成り,2本鎖のDNAを 格納する。ゲノムのサイズは約160 kbpである。宿主に感染している時以外,テールファイバーはヘッド下部から延びるウィスカーとくっ付き,傘が強風で裏返 されたような折り畳み構造をとる。機械的な障害を回避するためと考えられる。

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ファージが宿主に感染する過程をFig.1-2に示す。熱運動によりファージと細菌が衝突する。ロングテールファイバーは分子センサーのような役割を果たし,宿主 表層に提示されたレセプター分子と特異的に結合する(Fig.1-2a)。ちょうど,抗原と抗体の関係に類似する。テールファイバーとレセプター分子の結合特異性が,ファージ の宿主域を決定する。レセプター分子として,細菌の外膜タンパク質(Omp: Outer membrane protein)や リポ多糖(LPS: LipoPolySaccharide)が知られている。 ブタ糞便から見つけ出された大腸菌O157:H7特異的ファージPP01は,O157のOmpCをレセプターに用いる1)。ファージが大腸菌表層へ留まるためには,6本のテー ルファイバーのうち3本がレセプターを捉える必要がある。しかし,レセプターとテールファイバーだけの結合は可逆的である。不可逆的な結合には,テール 下部に存在するベースプレートと,LPS間の新たな結合が必要となる(Fig.1-2b)。6角形のベースプレートは,宿主表層で星型に変化し,スパイクと呼ばれる6本のタンパク 質が細菌表層を強固に捉える(Fig.1-2c)。テールはチューブと呼ばれる筒状のタンパク質とそれを取り囲むジャバラ状のシースから構成される。シースが収縮するとチュ ーブは細菌外膜を貫通する。このとき,ベースプレートに格納されていたリゾチーム活性を持つタンパク質が注入され,大腸菌のペプチドグリカンを部分溶解 する。チューブは内膜も貫通し,ヘッドのゲノムDNAを細胞質へ注入する(Fig.1-2d)。

注入されたDNAから最初に転写・翻訳されるヌクレアーゼによって,宿主ゲノムは切断され,ファージゲノムの複製原料となる。一方,後期RNAから転写・翻訳 されるタンパク質はファージ粒子の複製に用いられる。感染後期には,ファージゲノムにコードされている溶菌酵素の働きで宿主は断片化され,複製された娘 ファージが放出される。感染サイクルは約30分で,宿主1個体から100〜200の娘ファージが誕生する。この数をバーストサイズと呼ぶ。

1-3 ファージの自然界における役割

ファージは河川,湖沼,海洋,土壌などの自然環境や動物の腸管などいたるところに普遍に存在する。地球上に存在するファージの総数が1030 〜1032であると する試算もある。宿主が存在する環境には,その宿主に感染するファージが存在するといっても過言ではない。従って,特定の細菌に感染するファージを得た いなら,その宿主がたくさんいる環境をスクリーニングの対象とするのがよい。例えば大腸菌に感染するファージを得たいなら,人間や動物の糞便がよい。

もし宿主個体数が無限でバーストサイズが100,感染サイクルが30分なら1匹のファージは2時間で1億(=1004)に増える勘定となる。もっとも,宿主個体数は すぐに頭打ちとなり,爆発的な増殖はそこで止まる。ファージ感染の特異性と,爆発的な増殖速度は,微生物生態系においてファージが特定の細菌が異常増殖 するのを抑える役割に繋がる。

ファージはその生活環から溶菌性ファージと溶原性ファージに分類できる。溶菌性ファージは感染後期に宿主を溶菌する。一方,溶原性ファージは宿主を直ち に溶菌しない。注入されたファージゲノムは一旦宿主ゲノムに組み込まれる。この状態をプロファージと呼び,現象を溶原化と呼ぶ。プロファージ状態のファ ージゲノムは,宿主ゲノムの複製とともに複製される。しかし,紫外線照射や抗生物質の添加などにより,プロファージからファージ粒子が複製され,最後に は宿主を溶菌する。プロファージが溶菌化する際,宿主ゲノムの一部を剥ぎ取り,ヘッドへ詰め込む。宿主ゲノムの一部を剥ぎ取ったファージが類縁の細菌に 感染すると,新規宿主のゲノムへ剥ぎ取った遺伝子断片を導入することがある。遺伝子の水平伝播である。大腸菌O157:H7が持つシガ毒素は,λファージが赤 痢菌の毒素遺伝子を大腸菌へ水平伝播したために生じたと考えられている。

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2.ファージセラピー

2-1 なぜファージセラピーか

私は東南アジアに出張した際,激しい下痢に見舞われ,3日間ホテルに寝込んだ経験がある。その際,同じ食事をしても現地の人は罹患しないのは何故かと 考えた。一つの可能性として現地住民の腸管内ファージが下痢病原菌を排除したことが考えられた。帰国後さっそく自分の糞便を採取し,ファージの有無を調 べた。幾つかの細菌を指標に実験を行ったところ,E. coli JM109に感染するファージが1×104/g-sampleの濃度で検出された。この大腸菌は遺伝子操作を行う ときに使用する菌で,筆者も十数年の長期に渡り使用してきた。その間同大腸菌を接種した可能性は十分あり,同大腸菌特異的ファージが私の腸管内に定住し たことが考えられる。この仮説を一歩進めると,病原菌特異的ファージを何らかの方法で接種すれば,生体内で病原菌が増殖することを制御できることに繋が る。ファージによる治療,ファージセラピーである。この方法を抗生剤による治療と比較すると,

などの利点が考えられる。多剤耐性菌の出現に代表されるように,抗生物質の限界が示され,再び感染症の危機が人類を脅かしている。感染症に対し複数 の防御手段を獲得しておけば,一つの方法が行き詰まったとき他の方法が有効になり得る。

2-2 ファージセラピーの手法

ファージが発見されたのはフレミングがペニシリンを発見する14年前の1915年である。従って、多くの科学者はファージを病原菌の制圧に用いようとした。 しかし,数々の抗生物質の発見とその大量生産技術の発達がファージ研究の魅力を失わせ,ファージにより病原菌をコントロールする試みはその後中断した。 しかし,その間もファージによる感染症の治療が旧ソ連邦を中心に実施されてきた。その一つに現グルジア共和国(Republic of Georgia)がある。

1997年,世界的に有名なジャズミュージシャンのアルフレッド・ガトラーがバイク事故で骨折し,患部がブドウ球菌の感染でひどい炎症を起こした。抗生物質 は効かなく,医者から足の切断を宣告された。彼は専門書や雑誌を読み,ファージセラピーに行き着いた。さっそく,グルジアの首都トビリシ(Tbilisi)にある エリアバ(Eliava)研究所へ飛び,患部へファージの混合液を施した。すると炎症は数日で治まった2-1)。有名人の事例ということもあって,このニュースは 世界中に配信され,その後Science2-2)やNature2-3)などでもファージセラピーが取り上げられた。

ファージの投与方法には,経口,経皮,静注の他に,ファージミストのスプレー,点眼などが報告されている。また,治療の対象はシュードモナス,赤痢菌, 黄色ブドウ球菌,大腸菌などの特定細菌や,下痢,肺炎,火傷後の細菌感染症などが挙げられる。筆者らは大腸菌O157:H7に感染するファージを家畜の糞便や 下水流入水から数多くスクリーニングした2-4,5)。驚いたことに,健康な家畜糞便や感染事例の無い流域下水から,多くの大腸菌O157:H7特異的ファージを容 易に検出することができた。ファージが腸管内に共存することで,発病を抑制している可能性がある。

健康な一頭のブタ糞便からスクリーニングされPP01と命名されたファージは大腸菌O157:H7に特異的に感染し,O157を溶菌する。電顕写真から,PP01はT4ファ ージと類縁であり,大腸菌O157:H7が増殖するシャーレにP字状に塗布すると,P字状の溶菌紋が生じる(Fig.2-1)。ただし,PP01と大腸菌O157:H7を長時間接触 させると,必ずPP01に耐性を持ったO157が出現する。耐性菌の多くがファージのレセプターに変異を持つ。耐性菌の変異箇所は,ファージによって異なる。 複数のファージ混合液(ファージカクテル)を投与すると,耐性菌の出現をある程度制御することができる2-6)

2-3 溶菌酵素は抗菌剤

ファージを直接使う方法以外に,ファージの機能を病原菌の抑制に用いる試みがある。ファージは感染後期に娘ファージの放出のために宿主を溶菌する。溶菌 には通常2つのタンパク質が用いられる(Fig.2-2)。一つはホリン(holin)と呼ばれるもので,細菌の膜を貫通するトンネル様構造体を形成する。もう一方がエンド ライシン(endolysin)と呼ばれる酵素活性を持ったタンパク質で,細菌のペプチドグリカンの糖鎖結合を加水分解する。細胞質で合成されたエンドライシンはホ リンを透過し,細菌の物理的強度を担うペプチドグリカンを分解する。エンドライシンは宿主を破壊するのに最適化された酵素タンパク質といえる。

生物テロに用いられることが最も危惧される細菌に炭疽菌 (Bacillus anthracis) がある。ロックフェラー大学のグループは,炭疽菌に感染する γファージのエン ドライシン遺伝子をクローニングし,大腸菌で発現することに成功した2-3)。精製したエンドライシンユニットを炭疽菌に添加すると直ちに溶菌が始まり,5分 後には108CFU/mlあった菌体が検出限界以下に減少した。グラム陽性菌である炭疽菌は胞子を形成する。胞子化すると抗生物質が効かない。しかし,ファージの エンドライシンは胞子化した炭疽菌に対しても溶菌作用を示した。生物テロを最も恐れるアメリカ政府にとって,γファージのエンドライシンに期待が寄せられ る。

炭疽菌に代表されるグラム陽性菌はエンドライシンの基質となるペプチドグリカン層が細胞外に露出している。従って外部からエンドライシンを添加すると, 溶菌することができる。しかし,グラム陰性細菌はペプチドグリカン層がさらに外膜で覆われているため,エンドライシンを添加しても溶菌へ導くことができ ない。しかし,下水からスクリーニングされた Bacillus amyloliquefaciens に感染するファージのエンドライシンは,酵素活性部位に加え,外膜の脂質二重層 を透過する機能を持つ2-7)。グラム陰性細菌であるPseudomonas aeruginosaBacillus ファージのエンドライシンを添加すると,溶菌へ導くことができた。 P. aeruginosaは多剤耐性菌の一種で,抗生物質による治療が難しいとされている。

抗生物質の多くは,土壌由来の放線菌が分泌する物質に由来する。抗生物質ハンターは土壌に獲物を求める。一方,標的となる細菌に感染するファージを自然 界から比較的容易にスクリーニングすることができる。標的細菌が多く棲む環境にはその細菌に感染するファージが共存する可能性が高い。従来の抗生物質で コントロールが効かない耐性菌に対し,ファージのエンドライシンは救世主になるかもしれない。

文献

2-1)
ニューズウィーク日本版,2001年12月26日号p60
2-2)
R. Stone, Scienc, 298, 728(2002)
2-3)
R. Schuch et al., Nature, 418, 884(2002)
2-4)
M. Morita et al., FEMS Microbiol. Letter, 211(2002)
2-5)
Y. Tanji et al., Water Research, 37, 1136(2003)
2-6)
Y. Tanji et al., Appl. Microbiol. Biotechnol. 64, 270(2004)
2-7)
M. Morita et al., FEBS Lett., 500, 56(2001)

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3.ファージ利用の新展開

3-1 ファージディスプレイ

G. Smithが繊維状ファージの表層にタンパク質の断片を提示したのがファージディスプレイの始まりである3-1)。 今では機能を持ったタンパク質を迅速に 分離したり,機能を向上したりするために用いられている。もっとも注目されている応用分野は,抗体の作製である。操作手順は,@抗体ファージライブ ラリの作製,A目的抗体を提示したファージの選択から成り,@Aを繰り返すことで,抗体の機能を向上することができる。抗体ライブラリとは様々なア ミノ酸配列を持った抗体のFig.書館に相当する。ヒト抗体ライブラリを作るには,最初にリンパ球の遺伝子から抗原に結合する可変領域をコードする遺伝子 断片を増幅し,ファージの遺伝子に連結する。M13ファージを用いる際は,g3pまたはg8pをコードする遺伝子上流に連結する。g3pはM13が大腸菌に吸着する 際必要なタンパク質で,ファージ当たり5分子発現され,分子量50,000程度のタンパクが提示できる。一方,g8pはファージ当たり3,000分子も発現されるが, アミノ酸が5〜8程度のペプチドしか提示できない。

洗浄しても標的タンパク質(抗原)に強く結合するファージをライブラリから選択する。可変領域のアミノ酸配列を人為的に変異させ,ライブラリの作製と 選択を繰り返すことにより,抗原親和性を人為的に高めることもできる。このように,変異と選択を繰り返すことにより機能を向上させることを進化分子 工学と呼ぶ。

3-2 ファージによる特定細菌の検出

ファージの感染特異性を利用すると,細菌を簡便に特定することができる。ファージ感染性を指標とした細菌の分類法を ファージタイピングと呼ぶ。サルモネラ,リステリア,スタフィロコッカスなどの食中毒菌がファージタイピングにより検出できる。従来のファージタイ ピングを改良した方法が多く提案されている。DAPI(4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール)はDNAのA-T塩基対に特異的に結合する蛍光色素である。DAPIを 含浸したT4ファージを大腸菌へ感染させると,蛍光色素で標識されたファージゲノムが注入され,可視化された菌体を蛍光顕微鏡で識別できる3-2)。 検出対象の細菌に特異的に感染するファージさえ入手できれば応用でき,汎用性の高い手法といえる。

蛍光タンパク質の遺伝子をファージゲノムに組み入れることにより,宿主内で発現した蛍光タンパク質を蛍光顕微鏡で検出する方法が提案されている3-3)。 この方法は,一旦組換えファージを分子構築すれば,高価で危険な化学蛍光物質を使用する必要は無い。筆者らは,緑色蛍光タンパク質(GFP)をファージの 頭殻に提示することにより,大腸菌O157:H7特異的PP01ファージを蛍光標識する方法を開発し,大腸菌O157:H7を数十分で検出することを可能とした3-4,5)。 ファージ頭殻にはSoc(Small outer capsid protein)と呼ばれる構造タンパク質が存在し,ファージ当たり840分子発現される。相同組換の原理を利用し,Socを コードする遺伝子にGFPをコードする遺伝子を連結することにより,組換ファージは頭殻にSoc-GFPの融合タンパク質を840分子発現する。このようにして 分子構築された蛍光標識ファージは,宿主表層に吸着した段階で可視化することができる。さらに,感染したファージが被感染細胞で増殖すると,さらに その蛍光強度は増し,検出を容易とする。

1926年から現在に至るまで,糞便汚染の指標細菌として大腸菌群が用いられてきた。しかし,大腸菌群の多くはヒトや動物に由来しないことが判明し, 厚生科学審議会の提言に基づき,平成16年4月より,新たな衛生指標細菌として糞便性大腸菌が用いられることとなった。しかし,培養を必要とする従来法 では,指標細菌の計数に数日を要す。水資源の安全管理には,対象とする水環境が糞便で汚染されていないことの保障が必須であり,リアルタイムの細菌 モニタリング技術が求められる。そこで,大腸菌の迅速検出を目的に,GFP標識したT4ファージを分子構築した3-6)(Fig.3-1)。分子構築の際,宿主溶菌能を 欠失したファージ(T4e-)を用いた。

蛍光標識ファージは,野生株のファージ同様,感染後期に宿主を溶菌に導く。被感染細胞が溶菌しては蛍光が散乱し, 明瞭な蛍光画像を得ることができない。そこで,溶菌酵素をコードする遺伝子(gene-e)にストップコドンの一つであるアンバーストップコドン(TAG)を導入 し,gene-eの発現を阻止した。T4e-はアンバーサプレッサー株で増やすことができる。GFP標識したT4e-ファージ(T4e-/GFP)は,ファージ感染後数時間経っ ても鮮明に被感染大腸菌を可視化することができた(Fig.3-2)。

T4e-GFP.jpg

3-3 ファージ表層工学

ファージ表層にタンパク質を発現し利用するシステムを「ファージ表層工学」と命名するなら,様々な応用分野が考えられる (Fig.3-3)。酵素を提示した機能性ファージ,抗原を提示したファージワクチン,キレートペプチドを提示した重金属の回収・除去-ファージ,抗菌ペプチド を提示したキラーファージ...etc.。 ファージはナノパーティクルと捉えることができる。容易に増殖が可能であり,動物細胞に悪さをしない。アイディア次第でまだまだ利用分野は広がるの ではと期待する。

文献
3-1)
GP Smith, Science, 228, 1315(1985)
3-2)
野上尊子,食品工業,7月号,52(2000)
3-3)
T. Funatsu et al., Microbiol. Immunol., 46, 365(2002)
3-4)
丹治保典,バイオインダストリー,20, 30(2003)
3-5)
M. Oda et al,. Apple. Env. Microbiol, 70, 527 (2004).
3-6)
Y. Tanji et al., Biotechnol. in press

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